どうせ飛べないカモメだね p24

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の手をはなす。
 手がはなれたとたん、汀子はもじもじしだした。
「行かなくちゃならないところがあるから」
 たたまれた包装紙を上下左右に振った。挟みこまれていた小型の
封筒がスカートのうえにおちる。座卓に置いて、
「あとで読んで」
 彼女が帰ったあと封を切ると、便箋にも封筒と同じ漫画の女の子
が印刷されている。五枚の便箋に日記ふうの事柄がぎっしり書きこ
まれていて、最後にこうしたためてある。
《主人が、血圧高くて、お薬のむとすぐ眠っちゃう。つまんない。》
 日付けと時間は昨夜の十一時半である。幾日かかけて書き、肩を
とがらせて逃げ帰った昨夜、書きあげたらしいが、橋のたもとの出
来事にはふれていない。

 ミニローズはものめずらしさもあって朝な夕な水をくれた。
けれども莟はどれもふくらみかけては莟のまましおれていく。中途
半端ないのちがもどかしい。一週間あまりそれをくりかえした霧雨
が降る肌さむい朝、窓に腰をおろしてなんとはなしにミニローズの
葉の一枚をつまんで、かすかな熱に気づく。葉があたたかい。いま
しがたまで日向に置かれてでもいたかのようにぬくもっている。
 ばらの菓が発熱している。
 ついで、ぎょっとして手をひく。
 なにか得体の知れない虫けらにでもさわったような感触がある。
 おそるおそる葉を裏返す。なにとも知れぬ黒い斑点が葉裏をおお
っている。枝をつまんでよくよく見ると、おおかたの葉に同様の斑
点があって、しかもそれらはひとつひとつ微妙にうごめいている。
熟の正体はこのちいさな生きものだろうか。ばらは虫にやられてい
る。蔓の成長を阻んでいるのはこれにちがいない。
 駅前の花屋へいく。
「虫によって、薬もいろいろある」
 店先で売る花束をこしらえていた花屋はぶっきらぼうに応える。
壁に貼ってあるポスターには三十種あまりの害虫の拡大写真がある
けれど、ばらについていた虫はどれなのか、見当がつかない。
「ミニローズなんですが」
「アブラムシかな」