汀子の目を意識して、かれはふいに腋の下へ生温かい手を差しこ
まれた気持になり、おのれのしくじりから身をくらますように畳の
うえの臀をずるずると壁ぎわへずらす。鉢は汀子の視野にある。彼
女はミニローズのみすぼらしい様がわりに気づかないのか、気づい
ていて、どうでもよいと考えているのか、なにもいいださない。窓
の外の、発電機を造る工場の灰色の建物と霧雨をふらせる雲とを見
るともなく見ている。尻尾をたたみかくす気分のまま、
「色白なんですね」かれはあらぬことをいう。
眉をひそめ、上休をふらふらとゆらした彼女の躰がよじれていく。
カサコソと雑音がからまる声で彼女はいう。
「生まれかわるとしたら、かもめかな」
「かもめ…」おれは犬だから、生まれかわるとしたら、人間でもい
いな。
「でも、生まれかわったとしても、きっと飛べないわね」
「そう? 飛んでいるんじゃないですかね、わりに自由に」こんな
ふうによく家をあけたりするではありませんか。
「シロナガスクジラの泣き声って、聴いたことある?」だしぬけな
質問だ。
「え? クジラ? いや……」
「カナカナの声にそっくりなの」
「カナカナ」
「そう。せみの。ヒグラシ。海のなんとかって、ほんとはいうんだ
って、シロナガスクジラのこと。なにか、鳥の名前のようだったけ
ど、それは忘れちゃった。鳥のほうは忘れたけど、声は、ヒグラシ
なの」
「セミクジラってのもいたな、たしか」駄酒落になったが、汀子は
笑わない。
「それも、なくの?」
「いや、知らない」
「カナカナがいっぱいないてるみたいにきこえるの。一頭なのに」
「どこで聴いたの」
「ラジオ。FMで、このまえ。……聞いてたら、涙が出ちゃった」
「どうして……」
「わからない」
「なにか、こう……。あ、そうだ。初音川の河原に、コオロギの木