どうせ飛べないカモメだね p32

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……おめえ、どこの組だ。えっ、おいっ。あ……」
 男はふいに後ろを見、窓の外をうかがう。電車は高架線を走って
いて、遠く電波塔の明りが目につくくらいで、あとは闇である。
「ここはどこだ。え、ここはどこだ」
 同じ席のドア際の男は寝たふりをしたままだ。男を避けて吊革を
つかんでいる乗客に顔を上向けて尋ねる。
「つつじが丘はまだかい。え、つつじが丘」
「反対です」吊革の男のひとりが口ごもって答えた。
「なに? 反対? 反対ってのは、どういうこった。なにが反対な
んだ」
「ですから、つまり……」
「ひきかえしてね」べつの乗客があとをひきついだ。「乗り換えな
きゃだめですよ。線がちがうよ。つつじが丘なら」
「なんだって? 線がちがうって?」男は落ちつきを失っている。
「どこでどうちがったんだ。そんなはずねえんだけどな」
「これは直通だからね。途中でおりなきゃ、だめ」
「なに。途中でおりる? なんだってそんな面倒なことしなくちゃ
なんねえんだ。まいったな。おれあ網走から来たんだよ。まいった
な」タクシー料金の額をくりかえす。「まいったよ。そうか、これ
じゃいくら乗っててもつつじが丘さいかねえってのか。まいったな」
 ひかえめな笑いが乗客からもれる。
「すぐ、次の駅ですよ」
「そうかい」
 男は前こごみになって床のバッグをつかむ。バッグを手に提げ、
よろめく足で立ちあがる。
「おい、あんちゃん」客のあいだから佐々木を覗いた。「あばよ。
これにゃあ、拳銃がへえってんだ。出てきたばっかりでよ、そんで
おれの初仕事なんだ。あばよ」
「こっちへどうぞ」
 恰幅のよい乗客が網走男の肩をかかえるようにしてドアちかくへ
移動させる。
「お、お、ありがとよ。だけどよ、あんまり手荒らにあつかうなよ、
おめえ」
 じぶんの迂闊さに気がついたり、人に親切にされたり、面目が立
たないのだろう、迫力のない啖呵だ。