電車がとまり男は明りのとぼしいプラットホームへおりていく。
ドアが閉まる。電車が走り出すとだれかがいう。
「ガンだって」
だれかが低声でわらう。
「まさか。笑っちゃうよ」
夢羅へ寄って、網走男の話をする。
拳銃についてはだれも借用しない。かれはいくらかは男の話を真
に受けているのだが。
タクシー料金について、そんなにかからないだろうとか、それで
は来られないとか、正確には男がどこからどこまでタクシーを利用
したかを知りもしないのにひとしきりさわがしいやりとりがある。
「網走からタクシーで来るなんて、利口じゃない」と常連客の一人。
「利口なやつの話のほうがおもしろいのかい」
店がたてこんできて、席を譲りあっているうちに、カウンターに
いた佐々木はいつのまにかボックス席にいる。
うつらうつら半眼をひらくと、見知らぬ女と肩をならべている。
夢を見ているのではないかと目をばちくりさせる。二十四、五だろ
う、女は泣いたあとのように目をはらしているが、かれにはその理
由がわからない。いままでつらい話でもしていたのだろうか。
予備の椅子をいくつも持ちだしてさっきまでぎわぎわしていたの
に、カウンターには若い杉浦と元レーサーの芝田とアクセサリー・
ブローカーの小野瀬ら男四人、奥のボックス席にも男がふたりだけ
で、だいぶ静かになっている。
女が佐々木のウィスキーグラスに氷を入れている。二十五か。カ
ウンターのなかではしゃいでる二十歳の由貴子とくらべたってまだ
まだ若いぞ。そんなことを彼女にいっているじぶんの声が頭のすみ
に残っているような気がしだす。なんでこんな当たり前なことを言
ってるんだ。女はかれのキープ・ボトルのウィスキーをつぎ、ミネ
ラルウォーターをそそぐ。バー・スプーンをつかう手つきがしなや
かだ。水商売の女だろうか。ウィスキーグラスをテーブル両にすべ
らせてよこす。きまってるね。
「ジャジャーメンはね」と彼女。「おみそをじぶんでこしらえるの
よ。ベースのおみそをね」そうしなさいと勧める口調だ。
いままで、食べ物の話でもしていたのだろうか。