どうせ飛べないカモメだね p6

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 半信半疑の頭に甘ったるくねっとりしたものが忍び入ってくる。
 密会。
 約束の時間の五分まえに、一階は洋菓子店、二、三階が喫茶室の
コパンに入る。螺旋階段を二階へあがって、階下の出入り口が見お
ろせる席につく。壁に沿った五つのボックス席の三つが客で埋まり、
佐々木のすぐそばの席には高校生ふうのカップルがケーキを食べ、
コーヒーをのんでいる。
 汀子は十五分あまり遅れて階下に姿をみせる。赤いリボンをかけ
た矩形の包みをかかえている。小柄な躰にはやや大きな荷物である。
ブルーのマフラーを巻いた首をねじ曲げて足もとを見やりながら螺
旋階段をのぼってくる。姿も動作もとても三十歳とは見えず、かか
えているもののせいか、むしろ少女のようだ。足どりの危なっかし
さに佐々木は腰を浮かしたが、高校生カップルの目が好奇心でひか
り、椅子に腰をひきもどす。
「すみません」
 汀子は立ったまま、首のマフラーをゆるめながらいう。遅刻を詫
びたのか、呼び出したのをすまながっているのか、どちらともつか
ない。たぶん両方ひっくるめたのだろう。
 長方形の包みをテーブルに立たせようとするので、佐々木はシュ
ガーポットや灰皿をすみに寄せる。汀子が椅子に座ると、彼女の姿
が包みに隠れて見えなくなりそうだ。突っ立っている包みの包装紙
は、白地にカラーでパンダだの花だのの線描きの漫画がちりばめら
れている。包みのなかからとんでもないものが飛び出してきそうな
予感がする。
 待ち合わせの場所をここにしたのは、住まいの近所のだれかに見
られるのを警戒したためであろうが、それにしては大ぶりな包みを
むき出しでかかえてきたものだ。行きちがう人の目を引かずにはお
かない、ひと目で贈りものとわかるリボンをかけて。
 汀子はほっとみじかい溜息をついて、マフラーを首からずるずる
とはずし、手もとへたぐる。首から青いものがなくなると、ほんの
り赤い頬や、ルージュをひいた唇がきわだつ。夢羅で見るかぎりい
つもほとんど素顔で、ときには湯上がりみたいにつるんとした顔で
いるが、きょうはすこしばかり手をかけてきたのだ。
「プレゼント」
 包みの蔭から小首をかしげて佐々木を覗き、ささやくようにいう。