かれは周囲の耳を意識して、ひやりとする。汀子の声はふつうに
喋ってもささやいているふうに聴える。
「それはそれは……」かれはもらいものになれている人間の口調を
まねて曖昧に言葉尻をにごす。
ウェイトレスがきて、テーブルの荷物を迷惑げに見やり、コップ
の水を置く。汀子は「コーヒー」といい、「コーヒーですね」と念
を押されて、「フルーツポンチにする」とオーダーを変更する。
「フルーツポンチですね」
こっくりうなずいた汀子は、ウェイトレスが去るのも待たず、
「あけてみて」とせっかちにいう。「あけて」
部屋へ帰ってからとことわりたかったが、ウェイトレスが背中を
むけてテーブルのあいだをゆくのを見届け、赤いリボンを解く。階
下ではポップス、階上ではクラシックが流れていて静かとはいえな
い。だが、包装紙を広げるぱりぱりという紙の音が耳障りにとがる
。かれはぎこちなく厳かに包みをひらく。ボール紙の函が出てくる。
包装紙を汀子がひきとり、それをまた彼女が顔のまえでたたむのに
ぱりぱりと音をたてる。ボール函の蓋をとると、なかの薄紙がもや
もやと膨れあがって、黄色に彩られたセトモノが覗く。花瓶かとお
もったが、薄紙を分けてさぐると眼を黒々とかがやかせた犬の横顔
が出てくる。ぎょぎょっ。根っからの犬ぎらいの佐々木は肚のなか
でうめく。気持の張りのつっかい棒がはずれ、目のまわりに笑いの
黒い波紋が広がってくる。
「貯金箱かな」
「ただの、おきもの」明解な答えである。
かれは口もとをだらしなくゆるめ、函の中身をざっと見る。丈が
四十センチはあるポインターふうのおすわりをした犬である。薄紙
を剥いで函からとりだしてみよ、とまで要求しないだろうが、汀子
がこのうえなにかいいだすまえにと、「これは、これは」と意味の
ないことばをかさね、手つきだけは悠々と、気分は少女の死体の一
部を密封するごとくそそくさと蓋をし、となりの椅子に寝かせる。
汀子はこれをどう見たてているのやら、得意げともとれるニコニ
コ顔がつくりものめいて胸の裡が忖りがたい。
かれの苦笑いをどう受けとめたか、
「お部屋の番犬にしてね」
かわいがっていた飼犬を譲り渡すようなことをいう。